「天気の子」のラストが納得できない人のためのネタバレ解説!

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こんにちは、新田です。

観てきました!天気の子。

というわけで、
「絶対レビュー書くぞ!」
って決めていたので、
書こうと思います。


ちなみに、
「思いっきりネタバレする気満々」
です。笑

というか、この映画のレビューは
もうネタバレしないと書けないです。


なので、まだ映画を観てない方は、
一度観てから、読んで頂けたらと思います。

今日が公開初日なので、ほとんどの人がまだ観てないと思いますが。苦笑


もし映画を観て、
「あの展開には納得いかねー!!」
って人は、ぜひ読んでください(笑


では行きます。

=====以下、ネタバレあり=====

今回の映画は、もともと新海誠監督が、

「賛否両論になる」

ということを覚悟して作っています。


ある意味、「君の名は。」は、
「THE 王道」
な展開。

誰もがスッキリする終わり方だし、
全体を通してとにかく話が綺麗。

対して、今回の映画は、
おそらくかなりの人が納得いかない終わり方でした。

そして、ピュア一直線な「君の名は。」と違って、
結構ドロドロした部分を描いています。


まず、物語冒頭でいきなり、
「バニラ」の宣伝車が映り、
「バーニラ!バニラ!バーニラ求人!」
と音楽が流れます。




これってよく、渋谷とか新宿で見かける車で、
都内にいる人は「あるあるw」なネタなんですが、
キャバクラとか風俗とか出会い系とか、そういった職業を紹介するサイトで、
いきなり攻めてきたな!!という感じになります。


その後も、
家出少年がネカフェで生活したり、
風俗、ヤクザ、子供がピストルを発砲、ラブホテル、
主人公逮捕、プリズンブレイク、逃走、警察への暴行、など、

だいぶ社会の闇も描いていますし、主人公犯罪しまくってます。


とは言っても、ギリギリ子供が見れるように作っています。

例えば、ラブホテルのシーンだったら、
ボタンを押したらブクブク泡が出たり色が付いたりするお風呂とか、
そういうのが色々出てきますが、ピュアな子供が見ても、
「あぁ、なんか面白そうなホテルだな。」
くらいで、ラブホテルだって気付かないように作っています。


そして、大きな流れは、綺麗な感じでまとめてくれています。


さて、この「天気の子」という映画は、
「君の名は。」とストーリー構成が非常に似ています。


「君の名は。」は、宮水神社で、
「天気の子」は、名前のわからない神社の力によって、
女の子が特別な力を授かります。
(入れ替わり&天候を操る能力)

「天気の子」では、
「天に向かって祈ると空が晴れる」
という力を授かります。


そして、その力を得た天野陽菜と、主人公の森嶋帆高は、
「祈り屋」を始めます。

つまり、雨の日に、
祈って、晴れにする、というビジネスをするのです。

それは大成功。

どんどんお客さんが集まり、皆大喜びしてくれて、お金も稼げて、

意気投合して、仲を深めていく二人。

主人公は、陽菜のことが好きになり、
告白しようと計画します。


しかし、
「君の名は。」
と同じような展開ですが、
案の定(笑)、陽菜は突然消えて、いなくなってしまいます。

なぜ、陽菜は消えてしまったのか?というと、

まず、陽菜が祈り続けた結果、晴れが続くも、
その反動で、異常気象が起きます。

とんでもない大きな規模の嵐となるのです。


しかし、細かい理由は省略しますが、
主人公たちは警察に追われる羽目になってしまい、
家に帰れなくなってしまうのです。

そこで、急遽、ラブホテルに泊まるのですが(別に何もしません)、
寝ている時に、陽菜は消えてしまいます。

すると、みるみるうちに天気は回復して、
快晴となるのです。


そして、主人公は、
「天気の子」
の運命を知ります。

古来より、祈って天気を晴れにしてきた巫女は、
最後は自らの命を差し出すことで(つまり「人柱」となることで)、
異常気象を鎮めてきたのです。


もし、陽菜が人柱にならなければ、
このまま雨が降り続いて、東京が大変なことになってしまっていたのです。

人々は、空が晴れたことに喜び、
また元の日常に戻ろうとしました・・・


しかし、主人公は、
「陽菜を助けたい!!」
と思います。

陽菜を助けたら、人柱がいなくなってしまう。

でも、そんなことは頭にありません。

ただひたすら、助けたい!の一心。

そして、
主人公が陽菜が力を授かった神社に行き、祈ると、
奇跡が起きて、陽菜は復活します。

そして、RADの歌。

この辺は、「君の名は。」で見えた”勝ちパターン”できました。

非常に爽快感ある展開です。


しかし、ここからは「君の名は。」とは異なります。

人柱になるはずの陽菜が復活してしまったことで、
雨は降り止まなくなってしまいます。


その後、永遠と降り続け、
最後はまさかの東京沈没・・・!

思いっきり沈んじゃいました。


この映画を観て、
「結末に納得いかない!」
という人ってかなり多いんですが、
その理由は、この部分にあります。


「君の名は。」との最大の違いは、

「主人公に大義があるかどうか?」

なのです。


「君の名は。」は、主人公(瀧くん)は、
ディアマト彗星から皆を守るために、行動していました。

もしかしたら「三葉を助けたいから」って思っての行動かもしれませんが、
結果的に、彼は多くの人命を救ったのです。


対して、今回の「天気の子」の主人公は、
あくまで好きな女を助けたい!という一心で行動し、
その結果、東京を沈没させてしまったのです。


そういう意味では、陽菜を助けるために
大きな犠牲を払ってしまったことになります。

これはある意味、
「自分のエゴだけで東京を沈めた」
とも取れます。


でもって、その後、二人はまた離されるのですが、
最後また、「君の名は。」的なノリで出会います。

「君の名は。」はご縁(ムスビ)がテーマでしたが、
この映画では、陽菜と主人公は、縁起の糸で結ばれていたのでしょう。

だから、何度も偶然出会い、
たまたますれ違ったらお互い気になるのです。


最後は「無事、再開できてハッピーエンド!」な訳ですが、
この映画に納得できない!って人からすると、
「いやいや、東京沈めといて、勝手にハッピーエンドされても。。。」
なわけです。


もし、
陽菜も助かって、かつ、
異常気象も戻る、という良いトコ取りができたら、
最高のハッピーエンドになっていたでしょう。

ただ、こうなるには、
「人柱に変わる、何らかの代償を支払った」
と視聴者が納得できる理由が必要です。

これは結構難しい問題です。


例えば、漫画「鋼の錬金術師」は、
最後の戦いで、自分の弟の身体を復活させます。

その代償として主人公(エド)が支払ったのは、
「自分の錬金術の能力」
でした。


この漫画を通してずっと使ってきた能力を全部手放すので、
弟を復活させるのに十分な対価であると、読者は納得できたでしょう。


対して、今回の「天気の子」は、
陽菜の「祈りの力」だけでは、
代償としては弱すぎます。

なので、東京沈没エンドを作らざるを得なかったのでしょう。


・・・というのが、一般的な解釈で、

ここからは、もう少し違った角度から解説します。



僕がこの「天気の子」という映画を通して感じたのは、

「天と地の業(カルマ)・因縁の浄化」

というテーマです。


物事には、必ず、

・原因(タネ)

・結果(現象)

があります。


例えば、雨というのは、

・水が蒸発して雲になり(タネ)

・それがまた水分となって降る(現象)

ということです。


新海誠さんは、「君の名は。」の時もそうでしたが、
神道や仏教が世界観のベースになっています。

それに基づいて言えば、
「雨」というのは、浄化の働きがあります。

つまり、

・何らかの悪いエネルギー(悪想念、邪気、因縁、業)が溜まったら、

・それを浄化するために雨が降る

というイメージです。


「因果応報」という言葉がある通り、
溜まった悪いエネルギー(罪)は、
何らかの形で「清算」しないといけないのです。


陽菜は確かに、「祈りの力」によって、
空を晴れにし続けました。

しかし、それは、
「本来雨になって流されるはずの悪いエネルギーが、
消化されないまま、溜まっていった」
ということになります。


それがずっと積もりに積もって、
ついに反動が来てしまい、最後は異常気象が起きてしまいました。

「人柱」というのは、
「全ての業(カルマ)を1人に集中させて、清算させる」
というものです。

キリストの「十字架磔」もそうですね。


この映画を観て、

「女の子1人を助けるために、東京を沈没させるなんて、なんたることか!」

みたいになる気持ちも分からなくもないです。


でも、たまたま選ばれたただの女の子が、
どうして全員の犠牲にならないといけないのでしょう・・・?


しかも、大人たちは無関心。

たとえ人柱となって晴れたって、
誰も気づかず、「あぁ晴れてよかった!」で終わり。

これで本当に良いのだろうか。


というより、それで、本当に全ての業(カルマ)は清算されるのでしょうか?!


最後の「東京沈没」というのは、
「東京に溜まった業(カルマ)の浄化現象」
なのではないかなと、僕は思いました。

この映画では、東京の汚い部分、
歌舞伎町、ヤクザ、風俗、ラブホテル街、
子供が苦しんでるのにそれを追い払う大人たちを、
散々描いてきました。


それらは、東京という土地に溜まった業(カルマ)であり、
それを最後に「沈没」という形で、全て清算したのです。


映画の中で、

「ただ、自然に帰っただけだ。」

というセリフがあります。


もし、天気が晴れたとしても、
東京という土地に溜まった業(カルマ)は清算されず残り続け、
いつか、大地震が起きたり、未曾有の災害が起きていたでしょう。


だから、沈没、という形で、美しい自然に戻ったのです。

そして、その世界は、
そこまで絶望的ではなく、
人々は楽しく暮らしています。

「君の名は。」の三葉と瀧くんも登場しますが、
最後、結婚したことが分かります。


「まぁ、これはこれで・・・」

なのです。


「君の名は。」は、
とにかく綺麗な世界だけをひたすら描き、

「天気の子。」は、
あえて汚い世界を描き、
だけどそれを最後に「東京沈没」という形で
浄化したのです。


確かに、この映画は、
「天気も晴れて、陽菜も無事で、皆ハッピー!」
な展開の方が、皆納得できたでしょう。


だけど、新海誠さんはあえてそうしなかった。


「それほど、東京に溜まった業(カルマ)は重いんだ。」

という、日本の行く末を暗示したメッセージなのかもしれません。


あるいは、

「このまま行けばこうなる。
じゃあ、どうすれば、両方助かるのか?
この続きは、皆で考えてね。」

というメッセージなのかもしれません。


実際どうなのかは分かりませんが、
とにかく新海誠監督は、ピュアで、ロマンティストで、
だけど意外とリアリストです。

だから、美しい世界が描けます。


美しき世界は、
雲の上にあります。

それを神道では「高天原」と呼びますが、
雲の上には、水でできた魚、そして龍神のような雲がいました。


陽菜は、天と地をつなぐ存在。

天上にある美しいものを、
地上におろしてきたのです。


ジブリは、ひたすら美しい自然の世界を描いています。

でも、宮崎駿監督は、時に「ロリコン」と揶揄されます。


その理由は、大人を「全面的に汚いもの」と扱うことが多いからです。
大人を汚い存在として描き、子供をひたすら純粋で綺麗なものとして描いて、
そして最後はバルスで大人を倒す。

子供は純粋で素晴らしい。

だけど大人は汚い。だから自然によって滅ぼされる。

そんな世界観です。


「君の名は。」は、美しい自然を描き、
世界の綺麗な部分、男女の綺麗な恋愛をひたすら描きました。

だから、あれは手堅く、万人受けしたのです。


だけど今回、新海誠監督は、
あえて「挑戦した」のです。

多分、この作品も、
ひたすら綺麗な感じで終わらすこともできたでしょう。

でもあえて、ジブリが絶対踏み込まない領域に、踏み込んだのです。


色々批判が出るのも、
納得いかないと言われるのも分かって、
この現実世界で、清濁合わせ飲んだ上で、
「美しさ」を表現しようとしたのではないでしょうか。


最後は、やはり自然に飲み込まれてしまうけど、
それでも主人公は大人になるし、
「君の名は。」の主人公たちも大人になっています。

とても現代的な作品だなと感じました。


そして、「天気の子」は、
映像はさすが!と言える美しさです。

ぜひ、「芸術作品」を観に行くつもりで、
観に行ってもらえたらと思います!
(って、この記事読んでる人はもう観てるか。笑)



それでは、ありがとうございました!



PS.
映画「君の名は。」の解説も書いています。
この映画がここまで深かったんだ!というのを
感じていただけるんじゃないかと思います。

「君の名は。」の気になるあのシーンを解説!


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