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密度の偏りが、人を壊す

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こんにちは、新田です。



前回、

〝破滅の道を歩むマーケッターたち〟

というテーマでお伝えしました。



思っていた以上に、

大きな反響がありました。



それはきっと、

あの話が〝誰かのこと〟ではなく、

〝どこかの自分〟

に触れていたからだと思います。



あの話は、

誰かを裁くためのものではありません。

〝なぜ、ああなってしまうのか〟

その構造を、

きちんと見ておきたかっただけです。



そして、あの話は、

これまでお伝えしてきた

〝5つの密度〟の話を、

一本の線でつないでくれます。



改めて整理すると、

1.時間密度

2.情報密度

3.意識密度

4.関係性密度

5.物語密度

という5つ。



前回のメルマガで描いた

〝破滅していく人たち〟は、

決して、努力が足りなかったわけでも、

能力が低かったわけでもありません。



むしろ逆。



一部の密度だけを、

異常なまでに高めてしまった人たち

でした。



具体的に言うと、

時間密度と情報密度は、

とても高い。



・常に忙しい

・常に学んでいる

・常に動いている

・常にアップデートしている



歯車はよく回り、

時計の針は速く進む。



一見すると、

ものすごく〝充実〟しているように見えます。

(実際、「充実感」は感じると思います。)



でも、その一方で、

意識密度

関係性密度

物語密度

が、ほとんど育っていない。



これが、

〝密度の偏り〟

です。



時間密度だけが高い人生は、

速いけれど、浅い。

風は切れるけれど、

地面に根を下ろしていない。



情報密度だけが高い人生は、

賢そうだけれど、脆い。



知識は増えても、

拠り所が増えていない。



前回書いた

〝止まるのが怖い〟

〝走り続けるしかない〟

という感覚は、

時間密度と情報密度だけが

暴走している状態そのものです。



では、なぜ

意識密度が育たないのか。



それは、

〝自分は何者なのか〟

〝何を失っても残るものは何か〟

という問いを、

忙しさの中に置き去りにして、

避け続けているからです。

 

前回、

〝自分が何者だったのか、

 分からなくなる〟

と書きましたが、

 

これは、意識密度が

外側依存のまま拡張された結果です。

 

地盤がゆるいまま、

その上にビルを積み上げていくような

そんな「不安定さ」を生みます。

 

関係性密度も、同じ。

人の数は増えた。

評価も増えた。

賞賛も集まった。

 

でも、

・弱っている時に話せる人

・枯れる季節を一緒に過ごせる人

・何も成果がなくても隣にいる人

がいない。

 

だから、

落ちた瞬間に、

誰も残らない。

静けさに耐えられる関係が、

育っていなかった。

 

これが、

関係性密度が薄い状態です。

 

そして、最後が

物語密度。

前回、こんな一文を書きました。

 

〝人生を、壮大な物語として

 捉えられていない〟

 

これは、

物語密度が低い状態を

そのまま言葉にしたものです。

 

物語密度が低いと、

 

・下り坂=失敗

・枯れる=終わり

・批判=否定

 

になります。

 

出来事が、

すべて〝敵〟になる。

 

逆に、物語密度が高いと、

・下り坂=転章

・枯れる=伏線

・沈黙=次の芽吹きの準備

になります。

 

同じ現実でも、

見えている景色が、

180度変わる。

 

破滅していく人は、

密度が低いのではありません。

 

密度の育て方を

〝間違えただけ〟

なのです。



時間や情報を増やすのは大事。



でも、それ以上に、

意識を深める。



人を集める前に、

関係を耕す。



成果を語る前に、

物語としての意味を与える。



この順番を間違えなければ、

人は壊れません。



それらを総合して、

僕は、

〝志業錬心〟

と呼んでいるのです。



事業を通して、

時間密度も、情報密度も、

ちゃんと上げる。



でも同時に、

意識密度を深め、

関係性密度を育て、

人生の物語密度を高めていく。



ぜひ、この視点を持って、

前回のメルマガ、

そしてこれまでの話を、

もう一度、読み返してみてください。



きっと、

違う行間が、

見えてくるはずです。