こんばんは、新田です。
今回、
8期=∞(インフィニティ)
ということで、
「古神道×錬金術」
をテーマにするという話をしていますが、
「錬金術」と「無限」は、
非常に密接な関係を持っています。
そもそも「無限」というのは、
全ての科学者、数学者、哲学者が
最終的に目指している世界です。
物理学者は、全ての運動を表す大統一理論を、
数学者は、全ての式を導くことができる神の方程式を、
求めているのです。
しかし、ゲーデルという人物によって、
そのような方程式を作ることは「不可能」であることが
証明されてしまいました。
これを「不完全性定理」と言います。
不完全性定理って何か?というと、
無限の世界に行こうとすると、
必ずその前に立ちはだかる、
超えられない壁(扉)があるのです。
そして、そこで矛盾が生まれてしまい、
証明不可能となってしまう・・・と。
じゃあ、その矛盾って、どこから生まれるのか?というと、
「自分自身」
から生まれてしまうのです。
これを数学では「対角線論法」と言って、
対角線上(つまり、自分が重なるところ)に
矛盾が生まれてしまう、という論法です。
(なんとなくでいいです)
ちなみに、これは数年前に、
はじめてネクディメを開催した頃にもした話ですが、
漫画「鋼の錬金術師」に出てくる「真理の扉」が、
今の話を上手に描いているんですね。
主人公が、真理を見ようとした時に、
「真理の扉」の前に飛ばされて、
そこには真っ白な謎のキャラクターがいます。
彼は言います。
「オレはおまえ達が”世界”と呼ぶ存在。
あるいは”宇宙”、あるいは”神”、あるいは”真理”
あるいは”全”、あるいは”一”、
そして
オレは”おまえ”だ」
・・・と。
そう、真理の扉の前にいるのは、
「自分自身」だったのです。
どうでもいい話ですが、以前、
コロナ=5・6・7
であり、
8=∞(無限)
に行くための最後の壁となっている、
という暗号の話をしました。
一方で、コロナって、
カタカナ3つを上手に組み合わせると
『君』という文字になります。
無限への扉の前にいたのは、
「オレは”おまえ(君)”だ」
だったのです。
真理の扉の向こうの世界は、
「等価交換を超えた世界」
です。
あるいは「美」と言っても良いでしょう。
でも、これは、ゲーデルが証明してしまったように、
論理的には、辿り着くことができない世界です。
しかし、あくまで「論理的な証明が不可能」なだけで、
「行けない」とは言っていません。
無限に行くためには、積立式(山登り)ではなく、
「飛躍」が必要なのです。
人が、何かを見て、
「美しい!!」
と感じる時、
それは、真理の扉の向こう側の匂いを
感じるからなのだと思います。
そしてそれは、何かに乗せて、
表現することができます。
例えば文章の場合、
「行間」
にそれを入れることができます。
文章自体ではなく、行間に匂いを入れる。
そうすると、文章を読みながら、
その隙間から、
何か違った世界、
扉の向こうの匂いを
感じるのです。
あるいは、人によっては、
これを音楽で表現します。
音符と音符の間に、入れていくのです。
あるいは、絵によって、
あるいは数式によって、
人によって、表現の仕方は様々です。
向こう側の世界を感じ取り、
表現できる人というのは、
この世のものとは思えない何かを
感じさせることができます。
ネットビジネスでは、
「コピーライティング」
がもっとも重要なんだと、
色んなところで言われていますが、
もし、
「コピーライティング道(どう)」
なるものがあるとするなら、
感情を煽って、
人間としての理性を失わせて
動物的な欲望と不安のみで行動させ
購入させるような文章は3流(以下)。
感情を刺激しつつも、
商品の魅力を理解してもらって、
理性的に考えて「購入することに正当性がある」と認識し、
買ってもらう(説得する)文章は2流です。
まぁこれで十分満足されるし、
リピーターが生まれるでしょう。
だけど、一流のコピーライティングは、
「魂が震えて、買ってもらう」
ものだと思っています。
女子っぽく言うなら、
「ときめいて、買ってもらう」
でしょうか。
商品の価値がどうのこうのではなく、
文章に乗った空気に触れ、
違う世界にワープします。
鋼の錬金術師で、
「真理の扉」
の前にワープしたように、
文章を読みながら、違う世界にワープし、
そこで、ちらっと扉が開いて、
その奥を一瞬だけ見るのです。
「なんてすごい世界なんだ・・・!」
「この世界に、足を踏み入れたい・・・!!」
そう思って、買う。
こういう人は、深いご縁のある人となり、
「リピーター」という次元を超えて、
共に人生を歩む「仲間」となります。
コピーライティングの世界は
「結果至上主義」
です。
なので、どんなに美しい文章を書いても
「売れなきゃ意味がない」
のです。
綺麗な文章と、売れる文章は違います。
だから大変。
かと言って、
売れたらなんでもいいか?と言うと、
それも違います。
「売れる」ことと「美しさ」を
両立させないといけないのです。
僕は、コピーライティング道を
極めていきたいからなんだと思っていて、
この上位概念としてのライティングを
「ストーリーライティング」
と名付けました。
これは、その日の、その瞬間の空気(エネルギー)を、
文章に練りこんでいって、
その新鮮で、取れ立ての状態で、
「ストーリー」に仕上げて、
読んでもらうことです。
で・・・
これは個人的な思いなのですが、
こういう「真のコピーライティング」を
極めていきたい!と本気で思ってくれる仲間を
今年は増やしたいなと思っています。
全員が全員、それを目指す必要はないし、
別にこれは動画にも音声にも、何にでも使えるものなのですが、
そろそろ、業界の「コピーライティング」の常識を
書き換えていきたいんですよね。
・綺麗な文章
・論理的な文章
・感性豊かな文章
・読みやすい文章
・美しい文章
・売れる文章
これらを、全て「両立」させるというのは、
かなりロマン溢れることだと思います。
全然煽らない。
なのに売れる。
そして読んだ後の「余韻」が良い。
そんな文章を、練習していきましょう。
僕も、まだまだ発展途上で、
これからもっと書いていかないとなと思っています。
ライティングを教えるなら、
書き続けないと話にならないと思っているので、
僕は、生涯、永遠と書き続けます。
こういうのを一緒に研究し、話し合える仲間や、
そこで生まれたものを聞きたいと思ってくる仲間は、
良いお友達になれると思います。
今年は、お友達作りのために
コミュニティを作っていこうかなと・・(笑)
それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました!