ストーリーライティング

不良が捨て犬拾うと良い人に見える法則

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こんばんは、新田です。


今日は最初に、こちらのメールを紹介します!

=====ここから=====
新田さん
メルマガありがとうございます
伊藤と申します

「嫌いな人は、実は、大好きになる可能性がある」は
なるほど!とうなってしまいました

逆の意味で可愛さ余って憎さ百倍という言葉がありますが
愛憎というものは元の数値が高ければ高いほど
反転した時の振れ幅も大きいのだと思います

という事はですよ
もし自分の事が嫌いだという人の心が反転したとすると
きっと自分を縛っていた全ての力が解放されて
とてつもないエネルギーが湧いてくるんじゃないかと思います

今回教えていただいた通り
作者目線に立って自分自身の
キャラクターメイキングと
ストーリーライティングを
真剣に考えてみたいと思います

以上です
ここまでお読みいただきありがとうございました
もちろん返信は結構です
=====ここまで=====

良い気づきですね!

これは、おっしゃる通りだと思います。


「大嫌いな人は、大好きになる可能性がある」

というのは、脳科学的にもその通りでして、
人って、不思議な性質があり、

・ずっと良い印象が続いて、最後に少し悪い印象があった人

・ずっと悪い印象が続いて、最後に少し良い印象があった人

で言ったら、
後者の方が、最終的に良い人に見えちゃうんですよね。


これが、

「不良が捨て犬を拾って可愛がってたら良い人に見える法則」

です。


普段めっちゃ悪そうな人が、動物可愛がってるだけで、

「なんだ、この人、実は良い人じゃん!!」

って思われるのです。


もともと良い人がそうしてても、
全く何とも思われません。
(理不尽・・・笑)


月9ドラマとかは、大体、

ヒロインと喧嘩ばっかりしてて大嫌いだった男が、
ある時、ふとした優しさを見せただけで、
急にヒロインはその男を好きになってしまって、

同じく、そのヒロインにずっと何でもしてくれて、
優しくて嫌いなところが一切無い男って、
たいてい、最後は捨てられます。


嫌い、嫌い、嫌い、大好き!!

というのが、一番最終的には大好きになるのです。


ということは・・・!


伊藤さんが仰って下さったように、

これは自分自身に対しても、
当てはまるのです。


自分のことが嫌いだ!!!

って思ってる人って、

それが反転したら、大好きになる可能性があるのです。


逆に、

小さい時から、何の問題もなく、

ずっと楽しく暮らしてきて、

悩みとか一切なくて、

順風満帆です!!って人って、

多分、ちょっとしたことで
すぐにメンタルが崩れてしまう「危うさ」を
持っているようにも思います。


それに、そういうストーリーって、
面白くならないですよね。


それよりも、

「自分のこんなところが嫌いだ!!」

というものが沢山あった方が
ストーリーとして面白くなるし、

「ストーリーライティング」
が鍛えられるのです。


ストーリーライティングでは、

「闇から光のストーリー」

というのを重要視しています。


ずっと苦しかったのが、

「ついに抜けた!!」

という瞬間。


あるいは、昔苦しかった過去、
ずっとトラウマだった記憶が、

「あぁ、この経験は、このためにあったものだったんだ・・・!!」

ってなる瞬間。


こういう時って、
自分の中の闇が、光に変わる瞬間なのです。


この感覚を見事に表しているのが、

「トンネルを抜けるとそこは雪国であった」

という川端康成の有名な一文です。


これって、ずっと暗いトンネルの中(闇の中)にいた人が、

トンネルを抜けて、パーッと光り輝く景色が飛び込んでくる様子が
描かれているのです。


読むだけで、イメージできますよね。


ちなみに、これの英語訳は、

The train came out of the long tunnel into the snow country.

となっていて、全然違ったイメージになります・・・。


英語版だと、
読者は「トンネルの外」の視点に立っているので、
トンネルの中から出てくる列車を眺めているだけで、

「闇から光の瞬間」

の感動は、残念ながら一切表現されてないですね。


英語って、割とこんな風に、
上空から眺める感じで描くことが多いのに対して、

日本語は、主人公と同じ目線に立って書かれることが多いです。


長いトンネルを抜けた後に
綺麗な雪景色を見た時に感動するように、

もし、今、人生の長いトンネルにいるとしても、

これは、

「この後ストーリーを感動的にするための準備期間」

なのです。


そういう「捉え方」ができるようになったら、

ネガティブな出来事があっても、
それにいちいち囚われなくなるし、

ムカつく人がいても、その人を恨んだりしなくて済みます。


ストーリーライティングの「視点(世界の見方)」を
ぜひ取り入れてもらえたらと思います!


さて、最後に、いくつかメールを紹介します。

=====ここから=====
新田さん
いつもメルマガありがとうございます。
久しぶりに返信させていただきます。

今回のメルマガを読んで思ったのが
「自分の人生ストーリーの中で今どのあたりにいるんだろう?」
という事でした。

そして今の状況は決して絶好調とは言えないんですが、
ストーリーを面白くするためには今どうするべきか考えると、
やはり何もしないよりは何か行動をし続けるべきと感じています。

要するにとにかく頑張ろうと思えました笑

次回のメルマガも楽しみにしています!
=====ここまで=====

はい、とにかく何か行動しましょう!笑

失敗しても、それは面白いストーリーの一部になりますが、
何もしなかったら、ストーリーは止まってしまいますからね!


毎日、今日はどんなストーリーを送ってるかな??と
少しでもアンテナが立つようになったら
このメルマガを読んだ意義は大きいと思います!


では、次。

=====ここから=====
新田さん、こんばんは。


齋藤翼です。
無事にお戻りいただけて良かったです。
新田さんのメルマガを読んでから
我が家に録画されて残っていた
鬼滅の刃〜遊郭編〜の10、11話を
改めて観ました。

すると
オンエア時には感じなかったことがありました。
1つ目が
人間と鬼の仲間を想う気持ちの違いです。
これに関しては、
新田さんがこれまでにも解説してくださったことですが、
炭治郎も善逸も
「〇〇がつくってくれたチャンスを・・・」
と言っていたように
自分の頑張りとかではなく、
仲間が命をかけてつないでくれたチャンスを
絶対に逃してはいけないという
みんなで戦っている、
仲間の想いに応えようとしているのを感じました。

一方、鬼側は
「お前のせいだ」
「お前が悪い」
と言っていたように
自分は悪くない、
うまくいかなかったのは
仲間のせいだという考えで動いているのを感じました。

人間側は
「想いのバトン」
をつなぐことでストーリーが深みを増して
なんだかこちらまで一緒に戦っているような気持ちになりました。

2つ目は
鬼が人間を否定するのは、
過去の自分(人間だった頃)の生き方を否定したい、
葬り去りたいと思っているのだろうということです。

戦いの終盤に
炭治郎の目の前に妓夫太郎が現れたシーンで
妓夫太郎は執拗に炭治郎のことを否定していました。
でも、
それは炭治郎のボロボロになっている姿を
妹も(このままでは)守れないという状況を通じて

自分が人間だった頃に
妹を守れなかったということを
否定したかったのではないか、と思いました。

それは他の鬼もそうで
みんな、過去の自分、
人間だった頃の生き方を否定したいから
炭治郎たちを強く強く否定するのだと思いました。

それはよくあるセールスで
過去のダメだった姿を否定して
未来の輝かしい姿を手にしましょう!
ということにもつながるんですね。

過去を葬ろうとしたストーリーでは
本当の意味でのしあわせだったり、
人間の悩み、苦しみ、葛藤を乗り越えた
優しさやあたたかさを伝えることはできない。
光も闇も、成功も失敗も、・・・
そのすべてを受け止め、
それらを背負って誰かのために進もうとするから
本当に人を救うような、
人にあたたかみ、ぬくもりを与えらるのだと思います。

いやぁ、
本当に毎週、楽しませていただきました。
鬼滅ロスになりそうですが、
それも製作者側の狙いどおりなんでしょうね(笑)
この学びを実生活にも活かして
自分のストーリーの闇も受け止めていきます。
いつも本当にありがとうございます。
=====ここまで=====

これは、本当にその通りで、

鬼:過去に執着し続けている
人間:常に未来を見て、今この瞬間を生きている

という違いがあります。


人間よりも圧倒的に強いはずの鬼が
どうして人間に勝てないのか?というと、

鬼は、一切チームプレイをしない(できない)からです。


なぜなら、

「自分が死にたくない」

「自分さえ良ければそれでいい」

と思っているからです。


それに対して、人間たちは、

「別に、自分が死んだとしても、次に繋がればそれでいい」

とすら思っています。


「自分が倒したい」とかも無いし、
常に、その瞬間における自分の役割は何か?を考え、

もし自分が負けるなら、
次に戦う人が少しでも楽できるように、、
と考えます。


だから、価値観がバラバラな人たちなのに、
最高のチームプレイができるんですね。


これは、

ONEPIECE

ドラゴンボール

を初めとする、歴代のジャンプ漫画では
無かった戦い方なのです。


ほとんどの漫画は、チーム戦だったとしても、
最終的には一対一(主人公vsラスボス)となるからです。


今回の「遊郭編」も、
主人公はトドメはさしましたが、
ほぼ、天元さんのお陰ですからね。


この「チーム戦」を映像化できるのも、
また凄いなぁと思うわけです。

(本当に、金かかってる・・・)


でも、前回も話しましたが、
ストーリーライティングってのは、
まさにそういう発想です。


自分が面白い人生を送る必要はなく、

色んな面白い人生ストーリーを持っている人が登場し、

そこで色んなストーリーが展開して、

その中で、自分が “ちょっとだけ” 活躍したら、
それで良いのです。


それら全て含めて、

「自分の人生ストーリー」

と言えるのです。


そんなストーリーを、
今年は作っていきましょうね!


それでは、今日はこの辺で。

ありがとうございました。