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オリンピックを中止した方が良い理由とリブランディングの科学

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こんばんは、新田です。

前回、コロナウィルスについての記事を書かせて頂きましたが、
FacebookやTwitterで、多くの方にシェアして頂きました。

ありがとうございます!!


さて、最近よく話題になっているのが、

「東京オリンピック、どうなるの?!」
問題です。


これに関して言うと、僕は、
「もう中止で良いんじゃない?」
と思っています。


その理由に関してですが、

今、各国のメディアが、

「日本の対応がいかにずさんか?」

と報道しています。


つまり、世界の認識として、

日本=危険な国

となっているのです。


Next Tribeでもよく解説していることですが、
歴史を見ると、日本というのは、
「イジメの対象になりやすい国」
なのです。


自己主張をしない国民性なので、
難癖つけられたり、濡れ衣を着せられたり、
あるいは、はるか昔のことを、

「あの時日本はこんなに悪かった!」

と言われて、”被害者ビジネス”をされたり、
ってのがよくあります。


今回の、各国の報道は、その布石にも見えます。


つまり、今のうちから、
「日本は危険な国だ」
「対応がずさんだ」
というイメージを植え付けておいて、

(まぁ、実際にずさんであるのは事実なのが
悔しいところなんですが・・・)

万一、オリンピックのせいでコロナがさらに広がったら、

「ほれ見たことか!!!」

「だから言ったんだ!!」

と一斉に叩き始めるわけです。


あるいは、たとえオリンピックのせいじゃなかったとしても、
どこかでコロナが再度広まったら、

「きっと日本の対応がずさんだったせいで広まったに違いない」

と主張できてしまうのです。


万全の体制で臨んで、それでも広まったら仕方ないですが、
すでに、対応が酷いとか、散々言われている状況なので、
もうここからどれだけ対策を徹底しても、手遅れです。


最悪、ウィルスをバラまかれたら、アウト。

日本を陥れることで利益を得られる国は沢山あるので、
そういうことも、あり得なくはない話だと思います。


しかも、もともと日本人は、
健康の意識が高く、手洗い・うがいなどの文化があり、
ハグやキスの習慣がなく、さらに医療も発達してるので、

「仮に感染しても、外国人に比べて、重症になる可能性は極めて低い」

はずなのです。


そこに、世界中から、感染してる可能性があって、
ロクに浄化の習慣もなく、ハグやキスを平気でして、
健康に対する意識が低い人たちが大量に集まって、
何か起こったら全て日本のせいにする準備を着々と進行されてるわけですから、
もはやオリンピックはデメリットでしかありません。


なので、もう少し様子を見て、
もしコロナがこのまま年内いっぱい続きそうなら、
実際に中止になる可能性も、あると思います。


ちなみに、Next Tribeで、
「これから時代の戦争は、情報戦になる」
という話をしました。

現代において、ミサイルでドンパチやる戦争、
というのは滅多にありません。

それよりも、「情報戦」になっていくのです。


それが、「イメージ戦略」です。

自分の国民たちのイメージだったり、
あるいは、他の国に対するイメージだったりを、
メディアを使っていかに操作していくか?
ということです。


日本は、これだけ意識の高い国民性であるにも関わらず、
悪いイメージを付けられやすい国です。

特に、戦後、悪いイメージを沢山付けられました。
(それは、ネクトラ本編の「戦争編」で解説してきた通りです。)


そんな時に、日本は、
「リブランディングが苦手な国である」
なぁと僕は感じます。



リブランディングとは何か・・・?


例えば、芸人さんでも、経営者でもいいんですが、
何か「やらかしてしまって」、
ネットで炎上したとします。

その際、一時的に悪いイメージが付いてしまい、
しばらくの間、皆から「批判され続ける」期間が生まれます。

・・・ってなった時に、

「どうやってこのイメージを払拭するか?」

「どうやって新たなイメージを作って、そっちに切り替えるか?」

ということが重要になります。


これが「リブランディング」というものです。


そう考えた時に、
日本はリブランディングが下手なんですよね。

例えば、「ドイツ」とかだったら、
「ヒトラーがユダヤ人を虐殺した」
という歴史があったとしても、

「あれはナチスがやったことであって、
それは今のドイツとは別モノ」

というイメージを作ることに成功しています。


つまり、頭では、ドイツがやった、と分かっていても、
今のドイツとイメージが結びつかないのです。


ちなみに、最近、
ONEPIECEと鬼滅の刃を比較して
今後の時代の流れを分析する記事をよく書いていますが、
この両作品に共通するのは、

「キャラクターのリブランディングが上手」

ということです。


ONEPIECEであれば、
一度敵だったキャラクターが
どんどん仲間になっていきます。

その際、最初登場した時は、
「とにかく悪いキャラ」
という感じで出てくるのですが、
ルフィと戦って、倒されて、
いったん「死んだ」かのように見えます。

そして、しばらくしてから、
「実は生きてた」
という設定になり、
その時には「良い奴」に見えるんです。


このやり方の何が良いか?っていうと、
一度コテンパンにやっつけられて、死んだように見せることで、
読者のフラストレーションが全て解消されるのです。

いわば、「死ぬ」ことで、罪(カルマ)が清算され、
完全に負の感情は消えます。


だから、再登場させた時に、
「実はこんな良いところがあった」
と見せた際に、受け入れてもらえるわけです。


「鬼滅の刃」の場合は、
「鬼」のリブランディングをよくします。

あの作品では、主人公と戦っている段階では、
鬼は「絶対的に悪い奴」として描かれます。


しかし、倒されてから、

「実は、こんな過去があった」

というエピソードが公開されます。


あの方法がうまくて、
戦っている時や、戦う前にそのエピソードを見せても、

「でも、今、こんな悪いことしてるし!!」

と受け入れてもらえません。


しかし、主人公に倒されて、死ぬ直前に回想が入った上で、
最後に改心して死ぬと、違います。


「死ぬ」ということで、すでにその鬼の罪は清算されて、

「死にゆく者に対しては、共感してもらえる」

のです。


あの物語では、

鬼:昭和の価値観の象徴

主人公:平成の価値観の象徴

として描かれているので、
鬼(=昭和)が、主人公たち(=平成)と出会って、

「大事なことを思い出す」

というストーリーなんですね。

(僕が最近、「古い人が、新しい人から学ぶ時代」と言っているのは、
ここから着想を得ています。)


あと、鬼滅の刃には、
「柱」というのが出てくるのですが、
彼らは、最初出てきた時、

「こいつらウゼー!!!」

って思うよう、徹底的にネガティブなイメージを植え付けられています。


でも、その柱が、後からどんどんプラスイメージをつけられるので、

「えっ、なんか良いやつじゃん」

「むしろ全員かっこえぇぇ!!!」

ってなります(笑)


いかんいかん、つい感情がこもってしまった!


まぁそんな感じで、
「リブランディング」
って、結構大事なんですが、

これは決して、マイナスをプラスに変えるために必要、
というわけではありません。


ここからが今日の本題!


僕は、今年のテーマは、

「刻々と変わっていく世界観を見せていく!」

としている、という話をしました。


これも、リブランディングの一種です。

僕は、メルマガを書いていく上で、
常に「世界観」が変わっていくことを
意識して書いています。


だから、文体とか、テンションとか、テンポが、
そのタイミングによって全然変わったりします。


そしてこれは、
実は「文章」の方がやりやすいんですね。


以前、

動画 vs 文章

という話をしたことがありますが、
あの「続き」として話すなら、
僕は、ライティングは最強のスキルだと思っている
「ある理由」があります。

それは何か?というと、

どれだけ「喋るのが上手な人」でも、
必ず、「キャラクター依存」のビジネスになってしまう、
ということです。


例えば、芸能人が、ビジネスをやったり、YouTuberになったりしても、
意外と流行らなかったりすることが結構あると聞きます。

「喋りのプロ」である筈の彼らが、
なぜそうなってしまうのか??


それは、「喋り」だと、
どうしても「その人のキャラクター」に引っ張られて、
キャラクターの価値が、かなり影響を与えてしまうのです。


もちろん、文章でもある程度それはあります。

でも、それが極めて薄い。


僕は以前、色んな人のメルマガやセールスレターを
「代わりに書く」ということを密かにやっていたことがあります。

軒並み、売り上げが上がっただけじゃなく、
お客さんの質が明らかに良くなった、と言われました。


これは、「喋りが上手い人」は、できないことです。

「書ける人」は、どのフィールドでも、
自分が存在しなくても、あるいは別人に成り代わってでも、
ビジネスを成り立たせてしまうことができます。


そして、それは自分のフィールドにおいても可能なのです。


ライティングができる人は、大きく2種類います。


1つは「自分のキャラ」ありきのライティング。

もう1つは「空気の言語化」をするライティングです。


僕が目指しているのは、後者。

これは、自分を消滅されることができるのです。


だから、全く別の空気を、
ウツして書くことが可能となります。


この究極系が「自動書記」で、

「自分で考えて書かない(手に勝手に書いてもらう)」

という技術です。


そんなことできるの??

って思うかもしれませんが、
結構多くの人が、普通にできていることです。


つまり、

「喋ってるうちに思いつく」

ということ。


喋りが得意な人は、

「喋ってるうちに、とてつもないアイデアが、
さも、”まるで昔から考えていたかのように”出てくる」

ことがよくあります。


その時の感覚は、まるでイタコのように、
口が勝手に動いて、自分でも驚くんですね。


これって、自分で考えているようで、実は考えてない。


これが、ライティングでも、同じことが起こせるのです。

世界観を先に作って、それをインストールしながら、
文字に変換していく、ということをやっていけば、
自分で思考せず、書いていくことができます。


そうなった時に、僕は、

脱・新田

ができるのです。


自分のキャラに依存せずに、
世界観を構築できるわけです。


もちろん、得意なテイストはあるので、
そのテイストで書いたら、僕が書いたんだなってことは分かりますが、
テイストをガラッと変えると、全く別人に見えると言われます。

こういう「変化」ができる、というのが、
ライティングの中級編です。

最近のセミナーでは、こういうのを徹底的に練習してもらってるんですが、
皆、文章の書き方がガラッと変わって、
すごく書きやすくなった!と好評を頂いています。


なので、今年は特に、
こういうのを、もっと練習してもらう機会を
増やしていけたらなぁと思っています。


お楽しみに!!


それでは、今日はこの辺で。

ありがとうございました。